人生ってのは往々にして金に囚われていくものだ。
金がなければどうだ?
選択肢の自由が剥奪されるよな。
精神の余白が削り取られ、ただ今日を生きることだけに全力を尽くす日々。
逆風のなかで鎖を引きずって歩き、明日の太陽に利息を払う。
財布は軽いのに足取りは重く、話す声はいつも小さい。
金があったらどうだ?
抑えていた自我が肥大化する。
特権意識のモンスターとなり、万能感の毒にあてられる。
選民思想のアクセルを踏み抜き、人の心までも金で買えると錯覚する。
数字の鎧で共感力は窒息し、気づけば周りに誰もいない。
俺はこのどちらも経験している。
これは人生の通過儀礼のようなもので、経験してはじめて金の本質を理解することが出来る。
紙を切るときにハサミを使ったり、お湯を沸かすのにケトルを使うような感覚。
そういった「単なる一つの道具」として金を理解することが出来る。
そうなったとき、人ははじめて金の呪縛から解放されるんだ。
金があるときだけ経験してもダメだ。
金がないときだけ経験してもダメだ。
どちらの痛みも知っているからこそ理解が身体に刻まれる。
いま金のない新規の人も
金に狂わされた常連も
どちらも結局は道半ばだということだ。
どっちの方が幸せとかないぜ?
すべて味わった先に、本当の自由があるだけだ。
だからトコトンまでいけよ。
その経験こそが、お前を誰よりも魅力的にするスパイスだぜ。
Good luck🐯
